8月3日のカクテル スリラー

2026年8月3日 月曜日

マイケル・ジャクソンのアルバム『スリラー』。

1982年のリリースから1年以上もビルボードの上位に留まるという

異例のロングヒットを続けていましたが、

83年6月に、映画『フラッシュダンス』のサウンドトラックと

入れ替わって、とうとうトップ10から陥落しました。

マイケル・ジャクソン、 ショートフィルムMV「スリラー」「今夜はビート・イット」4Kリマスター版が公開 – THE FIRST TIMES

マイケル・ジャクソンは

アルバムをチャートに返り咲かせるために

『スリラー』のミュージックビデオを

制作することにしました。

完成したビデオは大ヒット。

アルバムの売り上げは倍増。

『史上最も偉大なミュージックビデオ』として

アメリカ国立フィルム登録簿収録され

永久保存されることが決まりました。

ジョン・ランディス - Wikipedia

『スリラー』を監督したジョン・ランディスは

1950年8月3日生まれのアメリカの映画監督です。

80年には『ブルースブラザース』、

翌年には『狼男アメリカン』を監督していました。

音楽、ホラー、コメディの全ての要素を持っていたのが

ランディス監督だったようで、

マイケル・ジャクソンから直接ランディスに監督の依頼があったそうです。

ビデオは1億円以上、通常の10倍の予算で製作されました。

ジョンランディスさんの誕生日のカクテルは

『スリラー』にしましょう。

レシピ

スコッチウイスキー 45ml

オレンジジュース 20ml

シュガーシロップ 15ml

赤ワイン 少量

ワイン以外の材料をシェークしてカクテルグラスに注ぐ

その上から赤ワインをフロート(浮かべる)する

 

 

8月2日のカクテル スケベニンゲン

2026年8月2日 日曜日
2009年、幻冬舎より「世界で最も阿呆な旅」が発刊されました。

『前人未踏!スケベニンゲン、エロマンガなど

世にも不思議な珍地名100カ所以上を13年間にわたって全制覇。

一介のサラリーマン安居良基の驚異に満ちた愉快な旅物語

(ノンフィクション)。読めば、必ず幸福になります!!

(以上幻冬舎HPより)』

 

作者の安居 良基(あんきょ よしもと)さんは

 

 

 

 

 

 

旅行先のオランダで『スケベニンゲン』という地名を発見、

驚愕して、その地を訪れました。

これをきっかけにバヌアツの『エロマンガ』、

アメリカの『アホ』、ギニアの『ボケ』などなど、

世界の面白い地名を見つけては実際にその場所を訪れ

自身のウェブサイトで公開していたものが、

一冊の本となったというわけです。

 

安居さんは1973年8月2日 、東京都で生まれました。

超有名高校、大学、大学院を経て

現在は集積回路の開発をする技術者だそうです。

 

問題のスケベニンゲン(蘭: Scheveningen)は、

オランダの南ホラント州デン・ハーグにあり、

北海に面する長い砂浜のあるリゾート地のようです。

1892年には国際スケート連盟がスケベニンゲンで創設されています。

スケベニンゲンの埠頭の近くにはヌーディスト・ビーチがあるそうです。

あのゴッホが描いた「スケベニンゲンの海の眺め」という作品が、

2002年にファン・ゴッホ美術館から盗まれたまま

10年以上行方不明となっていましたが、

マフィアの家で発見されました。

ポール・ガデンヌが書いた

「スケベニンゲンの浜辺」という小説もあるようです。

 

スケベニンゲンに新たなスポットを当てた

安居さんの誕生日に『スケベニンゲン』という

カクテルを創作いたしました。

レシピ

ジュネバ・ジン 45ml

フレッシュ・ミント たくさん

ハイネケン 1本

オールドファッショングラスに

軽くたたいて香りを出したミントをたくさん入れ

クラッシュアイスを入れる。

デン・ハーグ産のジュネバ・ジンを注いで軽く混ぜる。

チェイサーとしてオランダ産のビールを添える。

 

ちなみに青森県津軽半島十三湖の近くに

『馬鹿川』という川があって

安居さんは、やはりその川を訪問しておりました。

画像は安居さんと馬鹿川

(安居さんのHPより ANKYO’s HOME PAGE )

 

FIFAワールドカップ2026、日本と対戦した

オランダ代表ディファンダーの

「ナタン・ベンジャミン・アケ選手」は

スケベニンゲンのあるデン・ハーグ出身です。

8月1日のカクテル ドクターX

2026年8月1日 土曜日

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2012年からスタートした

テレビ朝日系ドラマ『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』は

フリーランスの女性外科医が活躍する医療ドラマでした。

「私、(手術を)失敗しないので」という決め台詞は

2012年ロンドン五輪・女子柔道金メダリストの松本薫が

試合後のインタビューで

「私、ミスしないので」と答え

それをテレビで見ていた脚本家の中園ミホに

強烈なインスピレーションを与えて

生まれたものだったそうです。

12年間続いたシリーズは2024年12月の、

『劇場版ドクターX FINAL』をもって完結しました。

劇場版の作品は俳優・西田敏行さんの遺作ともなりました。

主役の大門未知子演じた「米倉涼子」さんは

1975年8月1日に横浜で生まれました。

「全日本国民的美少女コンテスト」で審査員特別賞を受賞し、

モデルとしてデビューしましたが、

99年に「女優宣言」して『松本清張 黒革の手帖』

『松本清張 けものみち』、『松本清張・最終章 わるいやつら』などの

ドラマで主演しました。

『黒革の手帖』が舞台化されて舞台にも挑戦し成功すると

ミュージカル『CHICAGO』日本版でも主演し、

2012年には『CHICAGO』の

本場ブロードウエイ版でも主演を務めた。

そしていよいよ『ドクターX』がスタートしたのでした。

8月1日、米倉さんの誕生日には

オリジナル・カクテル『ドクターX』を創作しました。

レシピ

X・レイテッド・リキュール 15ml

フレッシュ・レモンジュース 1tsp

冷凍したパッションフルーツ 1/2個

シャンパン 120ml

ブレンダーに材料とシャンパン30mlを入れて

少量のクラッシュアイスと共に攪拌する。

氷を入れたグラスに注ぎ、ン狐狸のシャンパンを注いで

軽く混ぜ合わせる。

7月31日のカクテル ファジー・ネーブル

2026年7月31日 金曜日

作詞・秋元康、作曲・筒美京平、

1986年2月5日に東芝EMIから発売された

シングルレコード『1986年のマリリン』。

「マリリン・モンロー」が歌詞の骨格になり

当時モンローの再来と言われていた

「マドンナ」のイメージも

衣装や振付に反映されました。

「本田美奈子」さんは、

当時のアイドルとしては驚きの「へそ出し」衣装。

激しく腰を振るセクシーダンスで、この曲を歌い

ベストテン2位にランクインする大ヒットとなったのでした。

1967年7月31日に生まれた本田さんは、

幼いころから歌手になるのが夢だったそうです。

『1986年のマリリン』のヒット以降は、

歌唱力に磨きをかけてミュージカルにも挑戦、

そして『ミス・サイゴン』は大成功を収めるのでした。

 

さて美奈子さんの生まれた日のカクテルですが、

美奈子さんと言えばやはり「おへそ」のインパクトが

どうしても強く残っています。

「おへそ」は英語で「ネーブル」といいます。

「ネーブル・オレンジ」の語源は

果実の下部に「おへそ」のような窪みがあるからだそうです。

そこでネーブル・オレンジを使う『ファジー・ネーブル』を

今日のカクテルにしたいと思います。

レシピ

ピーチツリー 30ml

ネーブル・オレンジ・ジュース 120ml

氷を入れたグラスに材料を注ぎ混ぜる。

38歳の若さで、病に倒れ美奈子さんはお亡くなりになりました。

アイドルからミュージカルへ、

次はクラシックに新たな挑戦をしていたさなかの悲報でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7月30日のカクテル グラン・ブルー

2026年7月30日 木曜日

1988年に公開された仏伊合作映画『グランブルー』。

実在のフランス人ダイバー「ジャック・マイヨール」と

こちらも実在のイタリア人ダイバー「エンゾ・モリナーリ」が

フリーダイビングの世界記録に挑むフィクション作品。

監督は自らもダイビング好きのリュック・ベッソンでした。

この映画はフランスでは社会現象になるほどの大ヒットになりました。

一方、日本では『グレートブルー』というタイトルで

公開されましたが、当初はあまり話題になりませんでした。

1992年にタイトルを『グランブルー』に改めると

じわじわと人気になり全国公開となりました。

主人公のイタリア人ダイバー、エンゾを演じたのは

ジャン・レノさんです。

1948年7月30日、カサブランカで生まれたレノさんは

17才の時にフランスに渡り演劇の勉強を始めたそうです。

『グランブルー』の後は『レオン』で大ブレイク。

ハリウッドに進出してからは『フレンチ・キス』、

『ミッション・イン・ポッシブル』、『RONIN』で

それぞれ、「メグ・ライアン」、「トム・クルーズ」

「ロバート・デニーロ」らと共演しました。

そして、トヨタ自動車のCMで

「ドラえもん」を実写で演じるという快挙を達成しています。

ジャン・レノさんの誕生日のカクテルは

「グラン・ブルー」にしましょう。

レシピ

材料名 分量(純アルコール量)
ドライ・ジン 47.5° 20ml (7.5g)
パイナップルジュース 20ml
ブルー・キュラソー 15ml (2.5g)
パルフェタムール 5ml (1g)
レモンジュース 5ml

ジン、パイナップルジュース、ブルーキュラソーを

シェイクしてグラスに注ぎ、

パルフェタムールとレモンジュースをステアして、

静かにグラスの底に沈める。

7月29日のカクテル カイピリーニャ

2026年7月29日 水曜日

映画『黒いオルフェ』。

カーニバルを控えたリオデジャネイロを舞台に

一人の男と二人の女が繰り広げる恋愛映画です。

舞台作品だったものを映画化したもので

映画化の際にサウンドトラックを

ボサノヴァの巨匠、アントニオ・カルロス・ジョビンが

担当しました。

14曲収録された中の1曲に『ア・フェリシダーヂ』があります。

 

2026年、日本のボサノヴァの第一人者で、

アントニオ・カルロス・ジョビンとも共演している

小野リサさんが、94年に亡くなったジョビンを

オマージュしたアルバムを発表しました。

その中に『ア・フェリシダーヂ』も収録されています。

小野さんは1962年7月29日、サンパウロ生まれ。

89年にデビューし、

日本ゴールドディスク大賞ジャズ部門を4度受賞。

2013年にブラジル政府から国家勲章を授与されています。

ア・フェリシダーヂ とは「幸福」を意味するそうです。

「悲しみには終わりがないが、

幸せは儚く、風に舞う羽のように消える」という歌詞があって

悲恋の映画の結末を彷彿させます。

小野リサさんの誕生日のカクテルは

ブラジルの国民的なスピリッツである

「ピンガ」をベースにした「カイピリーニャ」にしましょう。

レシピ

ピンガ 60ml

ライム 1個

砂糖 4tsp

グラスにライムと砂糖を入れてクラッシュアイスを入れる。

ピンガを注ぎ軽く混ぜる。

 

ちなみに映画『黒いオルフェ』の一場面に

カーニバルの屋台バーで

カイピリーニャが飲まれている場面があります。

7月28日のカクテル レッド・アイ

2026年7月28日 火曜日

 

湯布院映画祭は1976年にその産声を上げていて

地方映画祭の先駆けとなった催しであり、

日本最古と言ってもいい伝統ある地方映画祭です。

1983年のプレミア上映は東宝系の水谷豊主演『逃がれの街』で

決まりかけていましたが、

映画祭実行委員長の横田氏がぎりぎりになって

東映系の『竜二』への変更を決断しました。

横田氏は一度も『竜二』を観ていませんでしたが、

見知らぬ名前ばかりのキャストの中に

『永島暎子』の名前を見て上映を決めたと当時を振り返ります。

『竜二』の脚本と主演を務めた金子正次は映画祭の三か月後、

同映画公開中の11月6日に病死しました。

金子の妻役を演じた永島暎子さんは

「私、とても淋しい思いをしています。

七年役者をやってますけど『竜二』という作品に出会えて、

今年やっと映画が面白くなって、

金子正次という凄い人間、俳優さんと共演したことで

パッと眼が開いた感じ、その金子さんが亡くなっちゃって、

(中略)

でも頑張らなくっちゃいけない。

死んだ人の分まで映画に全身を打ち付けていこうと思っています」

と述べています。

永島さんは1955年7月28日に熊本で生まれました。

76年に映画デビューすると翌77年の映画『女教師』で

エランドール賞新人賞を受賞しています。

湯布院映画祭の実行委員長の横田氏が『竜二』の上映を決めたのは

氏が『女教師』の永島さんを見ていたからと言われています。

以来、映画では『悪魔の手毬唄』、『狂った果実』、

『湯殿山麓呪い村』、『身も心も』、『影裏』。

ドラマでは『大都会」、『西部警察』、『太陽にほえろ!』、

NHK連続テレビ小説『はね駒』、『凛凛と』

『深夜食堂』、

さらに舞台やCMでも

50年間に渡り幅広く活躍する演技派です。

どこか儚げで苦労や悲哀を漂わせる女性…、

腕によりをかけて夕食をこしらえて

男の帰りを待っている。

やっと帰ってきた男は夕食に手も付けず

誘いの電話一本で夜の街に繰り出してしまった。

一人になった食卓で男の飲みかけのビールに

トマトジュースを注いでため息をつく。

そんな役を演じたら右に出る者はいない役者さん。

私にとってはそれが『永島暎子』さんですね。

安いシナリオでごめんなさいwww

永島さんの誕生日のカクテルは『レッド・アイ』にしましょう。

レシピ

ビール 1/2

トマトジュース 1/2

冷やした材料を冷やしたグラスに注ぐ。

 

 

7月27日のカクテル テキサス・フィズ

2026年7月27日 月曜日

1972年から日本テレビ系列で金曜の夜8時放送でスタート、

以来15年近くに亘って放送された、『太陽にほえろ』。

刑事ドラマの金字塔と称されています。

 

警視庁七曲署捜査一係の刑事たちの活躍を描いた物語でした。

番組スタート一年後に若手刑事、マカロニ(萩原健一)が

通り魔に刺されて死亡すると、

翌週には新人刑事、ジーパン(松田優作)が登場。

そのジーパンは一年後に、犯人に打たれて殉職。

以来、新人刑事が登場しては

殉職、または事故死、病死で番組を去るというスタイルが定着し、

その後も宮内淳、沖雅也、木之元亮、渡辺徹、世良公則らが

壮絶な最期のシーンを披露しました。

番組の名物となった新人刑事の最終登場回は

視聴率が跳ね上がったといわれています。

そんな歴代の新人刑事の殉職回で最高の42,5%を記録したのは

テキサス刑事の殉職回でした。

 

テキサスを演じたのは勝野洋さんです。

勝野さんは1949年7月27日に

熊本で旅館を営む家に生まれました。

青山学院大学在学中に始めたモデルのお仕事がきっかけで、

『太陽にほえろ』への出演が決まったそうです。

映画『汚れた英雄』で草刈正雄さんと共演した際には、

草刈さんと飲んでいるときに熱心に結婚を勧め、

勝野さんの熱意に納得した草刈さんが

その場でお付き合いしていた女性に電話をかけ

プロポーズし、後に結婚したそうです。

劇中のテキサスそのままに、私生活の勝野さんも

熱くて一直線な方のようですね。

今日のカクテルは「テキサス」にちなんで

「テキサス・フィズ」にしましょう。

レシピ

ドライ・ジン 45ml

オレンジジュース 20ml

シュガーシロップ 2tsp

ソーダ Full up

ソーダ以外の材料をシェイクして氷を入れた

コリンズ・グラスに注ぐ。

好みでカット・オレンジやマラスキノ・チェリーを飾る。

7月26日のカクテル マカロニ

2026年7月26日 日曜日

「あの、おれ、捕まったじゃん、薬、ドラッグで。

麻薬捜査官、何つったと思う?」

「えっ?いや、わからないですね」

「うちにはさ、貧乏人がやる覚醒剤以外は全部あったんだよ。

大麻、コカイン、LSD・・・」

「それでさ、捜査官が入ってきて。言ったんだよ・・・・・・

『何だ、おまえんちは!

何でも揃ってんじゃねーか・・・・・・ドラッグストアか?』

ギャハハハハハッ」

これは、1983年に大麻不法所持で逮捕された際のことを

ユーモアを交えて友人に語るショーケンです。

ショーケンこと萩原健一さんは1950年7月26日、

埼玉県で生まれました。

高校時代の遊び仲間に「ケン」のつくものがおり、

体の大きい者は「ダイケン」、一回り小さな者は「チューケン」、

小柄な萩原は「ショーケン」と呼ばれるようになったそうです。

1967年にザ・テンプターズのヴォーカリストとしてデビュー。

1972年、映画『約束』でいきなり主役を演じて

本格的に俳優に転身しました。

その後も『八つ墓村』、『影武者』、『居酒屋ゆうれい』などで

シリアスからコミカルまで幅広い演技を披露します。

テレビドラマでも『傷だらけの天使』や、『前略、おふくろ様』で

お茶の間の幅広いファンを獲得しました。

なんといっても絶大的な人気を博したのは

『太陽にほえろ!』のマカロニこと「早見淳」役でしょう。

長髪に、スリーピース・スーツでノーネクタイ姿。

劇中ではとにかく走って走って走りまくる、

それまでの定番の刑事役とは全く違う行動が

視聴者から爆発的な支持を得たのでした。

さらに、主役でありながら番組途中で

通り魔に刺されて死んでしまうという

ショッキングな結末が「マカロニ」という刑事を

永遠に忘れられないものにしてしまいました。

萩原健一さんが生まれた日のカクテルは

『マカロニ』にしましょう。

レシピ

アブサン 2/3

スイートバルモット 1/3

シェークしてカクテルグラスに注ぐ。

 

参考文献

『ショーケン 天才と狂気』(大下英治著 青志社)

7月25日のカクテル ワイルド・ジン・トニック

2026年7月25日 土曜日

「ドーハの悲劇」

1993年10月28日、カタールのドーハで

FIFAワールドカップのアジア地区最終予選、

日本対イラク戦が行われた。

2対1と日本リードで試合は後半終了間際、

勝利を確信した日本代表チーム。

ところがイラクがコーナーキックから同点ゴールを決め試合終了。

引き分けとなった日本は勝ち点を伸ばせず

ワールドカップ初出場を逃した。

これが「ドーハの悲劇」と呼ばれた試合だ。

「ジョホールバルの歓喜」

それから4年後の1997年11月16日。

マレーシアのジョホールバルで

ワールドカップアジア地区第3代表決定戦が行われた。

日本の相手は4年前と同じイラン代表だった。

この試合も接戦となり、同点で迎えた延長戦で

途中出場した岡野雅行がVゴールを決めて

悲願のW杯初出場が決まった。

これが「ジョホールバルの歓喜」だ。

岡野雅行

Vゴールを決めた岡野雅行さんは

1972年7月25日に横浜で生まれました。

日大を3年で中退し「浦和レッズ」入り。

1995年のパラグアイとの代表戦で日本代表初出場を果たす。

持ち味は人並外れた俊足で

長髪を振り乱しながら「爆発的なスピード」で

走り回ることから「野人」の愛称がついた。

岡野さんの誕生日のカクテルは

「野人・岡野」、「Wild Man Okano」にちなんで

ワイルド・ジントニックにしましょう。

レシピ

ブルドッグロンドンドライジン:30ml

ワイルドターキー8年:15ml

トニックウォーター:100ml

グラスにライムを絞り氷と材料を注ぎ

静かに混ぜ合わせる。